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PORTRAIT STUDIES HOKUTO NARIKIYO インタビュー(地域貢献スペース/立川)

多摩信用金庫本店2階ギャラリー(地域貢献スペース)では、成清北斗(なりきよほくと、1986- アーティスト/非営利芸術活動団体Nomad Art ノマドアート 代表)による展覧会、「PORTRAIT STUDIES」HOKUTO NARIKIYO を、2022年12月19日(月)~2月3日(金)まで開催いたしました。

出品作家の成清さんに、本展覧会の構想や作品制作、これまでの作家活動についてお話しいただきました。

(聞き手・文:たましん美術館学芸員 佐藤)





――今回、立川市をはじめとした多摩地域にゆかりのある方々をモデルに、アニメーションのセル画を描く方法を用いて制作したポートレートを展示するという試みをされています。この展示を企画した経緯について教えてください。


そもそも、美術館と新しい多摩信用金庫本店のオープンに伴ってこういったスペースができることを知り、スペースの名前に「地域貢献」と入っていることも分かりまして、僕も多摩地域を拠点に活動をしていて同じような目的を持っているわけですから、自分も何かできないかなと思っていました。

また、正直な話をすると、「地域貢献」など「〇〇貢献」と名の付いている場所というのは、企業さんなどが社会からの要請として必要だと考えて設置しているのだと思うのですが、でも、そこまで本腰を入れて何かをするということでもないでしょうし、何となくどこも着地点が見えてしまうような、ポジティブに捉えづらいというところがあって。それがなぜかというところを考えた時、利用させてもらうアーティスト側と、それを提供する施設側のコミュニケーションがうまく取れていないからだと感じることが多いんですね。やはりそのままの状況が続いていくと、本来の目的になかなか近づくことができず時間だけが過ぎていくような気もしていました。

これまで僕は「社会とアートをつなぐ」という目的で活動してきました。「橋渡し」や「つなぎ役」というか、そういった意味合いを持って行動してきたので、そういうことが僕のすべきことの一つだと捉えていて。アートに比較的明るくない側にとって「アートには理解しづらい部分がある」というのは当然だと思うのですが、そこに訴えかけていけるものがないと変化は起こらないと思うので、アート以外の要素である(アートを取り巻く)環境に対して働きかけていく必要があると考えています。地域貢献スペースが地域のアーティストのためのスペースなのであれば、地域のアーティストがその考え方を示すことが、このスペースのためにも地域貢献のためにもなるだろうと思い、何らかの関わりを持ちたいと考えたのが、展覧会を企画したそもそもの経緯ですね。

自分のこれまでの制作というのは、あくまで環境ありき、サイトスペシフィックと言うのでしょうか、「環境に対してアーティストがどのように反応できるか」というのが考え方のベースとしてありました。そう考えた時、グリーンスプリングスは、人は多く来るけれど、それが必ずしもアートに関心がある人ではないということがあって。そういった場合、これまでにやってきた展示もそうですしワークショップなどでもそうだったのですが、まずは「間口を広げる」ことをしないと興味を持ってもらえないというのがあります。これまでの自分の興味関心を、発展させていくことで、新しい展開を作ることができるのではないかと考えました。

地域貢献スペースでの展示について考えていた時は、自身の取り組みに対して疑問が生じてきたり、コロナ禍で自分の思うような活動ができなかったりしたこともあり、アートとの向き合い方に悩んでいた時期だったかと思います。美術に携わって十何年と経つのに、いまだに自分の中でアートを咀嚼できていないというか、リアリティがないという感覚があって。それがなぜなのかと考えていたのですが、自分の中に、「アートとはこうでなければならない」というような、強い先入観がずっとあったからなのかもしれません。

本場のアートに触れるためヨーロッパに留学したり、自身が根ざしている日本という場所や環境におけるアートの在り方を模索したりする中で、知識や経験は増えていきました。でも、アートというものを意識し始めた頃から抱いている自身との距離のようなものを縮めることにはつながりませんでした。接していてもどこか遠くにあるような感覚というか。リアリティをつかめず、堅苦しさや不自由さを感じたままアートを続けていくというのは難しいのではと思うようにもなってきました。

あとは、人の感覚は育った環境の影響を強く受け続けるものなのだと実感しまして。僕はどちらかというと下町の人間かつ関西の人間なので、会話にせよ何をするにせよ、「ウケを狙う」というのが根本にあって。ウケというのは必ずしも「笑いを取る」ことだけではなくて「共感を得る」ことでもあるはずです。共感を得るというところにコミュニケーションの根本があると思っているので、ウケないとやっぱり寂しいんですよね。「共感を得られる」「響く」というものを意識したいというのも一方にありました。



――ポートレートを描く方法として今回あえて「セル画」を選択したのはなぜですか。


自分の中で、いわゆる“もっともらしいアートの源流”にリアリティはないけれど、“描く”ことのリアリティはどうか、と考えて。例えば、僕が好きだった「ドラえもん」や「ドラゴンボール」などの漫画やアニメーションは多くの人が影響を受けた身近なカルチャーとも言えるじゃないですか。それを思い出したんですね。自分が幼い頃何をしていたかというと、漫画を描いたりしていて。もちろん自由帳に落書きするようなそれくらいのものですけど。昔は絵を描くのが好きだったのに、なぜ今こんなにつらいんだろう、と思って。何となく自分を辿っていくように考えていった時に、そういえば、何かを描いてみるにしても、今のように「アートかどうか」なんて意識することなく、「ただそっくりに描きたかった」という思い出があるなと。身の回りにあるごく普通の既製品にもリアリティを感じるというか、そういった状況があったと思い出して。そこで、さっきお話しした「間口を広げた」「受け入れられやすい」表現で、かつ自分がやりたいことは何か、と考えていたら、いわゆる特別ではない身近な大衆文化のようなものかもしれないと、何となく自分の中で腑に落ちるような感覚がありました。

あと、僕はアナログな人間だということがあって。例えば音楽を聴くにしてもレコードやCDジャケットなどがないとお金が払えないというような、物質的なものにリアリティを感じている部分があります。それ以外の物にリアリティが感じられないというのがなぜかというと、視覚的な表現に興味があるという前提に加えて、おそらく自分が幼い頃浴びていた情報源のほとんどがアナログなものだったことが関係しているのではないかと。アニメーションも、デジタルに絵柄が変わった時に寂しさだったり味気なさだったりを感じたのですが、もともとは人の手が入っていたという部分にリアリティを感じていたからなのだと思います。

また、僕は彫刻学科の出身で、彫刻も、その「捉え方」というのは、自分の考え方の土台としてきちっとあると思うのですね。もちろん色んな表現があって、デジタルイメージを作るというのも表現だと思うのですが、ずっと、「物質がある」という状態と表現を結び付けて考えることとかその意味について考えているところがあります。セル画ってイメージを作り出すために作るものじゃないですか。我々が認識するイメージというのは映像になったものだと思うのですが、それを辿っていくと「物」があるわけじゃないですか。物質として存在するんだけれども、イメージとして捉えられるものという。絵画とは、物質とは何ぞやという問いがある中で、すごく興味深いものだと思ったんですね。だけれども、それを用いてイメージ(映像)を作っていくわけではなくて。実際にどちらの方向性で見てもらいたいのかというと、もちろんここに来て実際のセル画を見てもらいたいわけで。展示を前提とした、いわゆる美術作品として作っているので、美術作品としての展示をしようと思ったんですね。そう考えると、今の時代ってSNSなどで先にイメージが流れてきて、そこで作品や展示のことを知って、そこから実際の作品に向かっていくという方向性があると思うので、その流れをダイレクトに示せるのが今回の展示の仕方なのではないかと。それこそウェブなどで流せば映像として観られるけれども、本物、つまり作品として実際のセル画が会場にあるのだという状況。今、作品について“本物”と例えましたけれど、このセル画はそもそも映像を作るための素材なわけじゃないですか。そうすると映像の方が“本物”ということになりますよね。でも、逆の方向性で、SNSなりウェブなりでこの作品について流した場合、そのイメージとこの作品は一体どちらが“本物”なのか。今のところこの展示作品の方が“本物”というように考えていますけど、そういった関係性が、とても面白いなと思っていて。現代の多様なイメージに常にさらされているような環境とセル画自体の物質性というか。セル画というものが与えてくれる面白さと、社会環境とか色々な状況から見たセル画の魅力と、という一方向的でない方向性ですね。自分のことを辿っていくと、実在する物質と意味との関係性に昔から興味があったのだなと思いました。

――今仰った実在物とその意味の関係性というテーマは、成清さんが活動初期に制作されていた、人の記憶や自己認識、歴史認識などに関わる作品もまさにそうですよね。


物質と意味との、そのやり取りですよね。例えば過去というものを捉えた時に、本当に「過去」が存在したのかどうかもわからないですし。自分が歴史に興味があるのは、やはり事実と意味との関係性が気になるからで。歴史上の出来事自体は一つだと思うのですが、それを色々な方向からどのように捉えるかによって歴史の書かれ方は違うわけじゃないですか。例えば、以前僕がシンガポールにいた時に、そこで戦争中の歴史の本を見つけて。現地は英語圏なので英語で書かれたものですが、イギリスだったりアメリカ側だったりの視点で当時の日本との関わりについて描かれているわけですよね。どこの立場に立つかによって出来事の意味合いが変わってくる。物質や出来事というのは、常に何よりも先に存在するもので、それについて様々な脚色をするから色んな齟齬が生まれたりするのだと思います。しかしそういった立場や視点を疑いながら物事を見つめ、理解するということを可能にするには問いを立てることが重要で、そのために制作という行為があるのだと思っているので、物質と意味との関わりみたいなものには引き続き興味があります。なので、「セル画」に興味を持ったことともつながっているように思いますね。

――地域貢献スペースの展示の予定がありコロナがあり、そのタイミングが、ご自身の幼少期の経験について遡るなど、結果的にこれまでの活動について本当に深く考える機会となったのですね。


そうですね、制作スタイルだったりもそうですし、制作の理由、技法の選択の理由とかも…考えましたね。アートは必ずしも論理的である必要がないと思うんですよ。結論を出すために、論理が必要なのが論文で、アーティストの感性やある種の思いつきに端を発するのがアートで。でも行きつきたいところは同じだと思うんですよ。言語化できてなくても、自分の表現者としての正解はあると思う。なので、それを作り続けていくことで、こういうことだったのかと後から気づくというか。コロナで立ち止まる期間を得たことで、色々と考えることになりました。

これまでは、新しい表現として具体的なアートピースであるとかオブジェを作るということを意図的に避けてきました。物自体はないんだけれども、プロジェクト、企画自体を表現であると言えないだろうかと考えてきて。企画者としてではなく表現者として何か説明できることがあれば、それは新しい表現になるのではないかと考えてきました。ただ結局は、戦略的な方法とか見せ方とか、そこを工夫しないと割を食ってしまうこともあるというか、ダイレクトな言い方をすると、とても損な役回りになってしまうのではないかというのが、ここ数年間の実感としてあったんですね。こうなると自分でも何をやっているかわからなくなってくるし、フラストレーションもたまってくるし、「何かが違う」と考え出したということもありました。

――今回の展示もそうですが、様々な人と直接関わりながら制作を行っていくような、プロジェクトをベースとした作品の制作にあたり重要視していることは何なのでしょうか。


まずは、「伝えること」「示すこと」は大事だと思っています。人との関係性であったり、特にその点をメインにやってきました。作者にとっては作品との関係性で100%だというような作家さんもいるでしょうけど、その隙間の部分をどう考えるかということは大切にしていますね。あとは、アート関係の人にとってのルールや常識って一般常識とはかなり違う気がして、アート関係の人の貫く正義は、おそらく人に迷惑をかけても自分のやりたいことを曲げないってことなのだと思うのですが、ふと気づいたときにはそれは普通の人にとってはただの迷惑になっちゃうとか。そこのバランスは見ています。あとは常識的な配慮はするとか、そういったところでしょうか。アート以外の人と関わるので、「寄り添うこと」「理解すること」が大事になってくると思います。一人で走っちゃうと、みんなついてこれなかったり興味を持てなかったりするので。あとはこちらのことを理解してもらうために相手のことを理解するということですね。ここの関係性についてはこれまでずっと探ってきたところがありました。言葉は悪いですが、これまで、いわゆる市民の方に迎合しすぎていた部分もあったかもしれないんですね。単に消費されてしまうというか、奉仕活動のように見られたりすることもあって。いわゆる仕事だったらクライアントさんがいて、それに応えるということが一般の仕事として成立するわけなのですが、そうではなく、そこに対価が発生するわけでもないし、そこに特殊な関係性が発生することになるんですね。つまり立ち位置を明らかにしないで寄り添いすぎると、やりがい搾取のようなかたちでこちらが疲弊して終わっちゃうというのがこれまでの経験上、少なくなかった。反面、「ウケを狙う」「共感を得たい」という気持ちもあるので、そこのバランスをどうすべきなのかなと。例えばコンセプチュアル・アートを子どもたちに何の説明もなく「さあ見ろ」と言っても、…子どもならもしかすると逆に楽しんでくれるかもしれませんが、その辺のおじさんやおばさんにそれをしても「うーん」となるのは容易に想像できるので、ある程度歩み寄りが必要だとは思うんです。だからといって、子どもが「ワンピース」が好きだから「おじさん、ルフィの似顔絵描いてよ」と言われて描いてあげるだけの状況は違うと思う。いわゆるアート業界に向けてのアートにリアリティが持てなかったから、自分がそこから出ていくしかないと思って一般の方に向けたアートを模索してきたものの、自身の特性をうまく発揮しきれない場面も少なくなかったと。そのバランスをどうするかということを考えてきて、「寄り添うこと」は大事だと思うのですが、アーティストというのは価値観を人々に示して、引導する立場にいなくてはならないと思っているんですね。それは、市民の目線でありながらも、アーティストとしての専門性があるということを示す必要もあるということです。プロジェクトベースなのであくまで「一緒に作っていく」わけですが、自分の持つ専門性を生かして「価値を示す旗振り役」でもあること。手を離してはいけないと思うんですよ、手はつないでいるのだけれど、自分が先頭になって走ってあげないと、やはり新しいものは生まれないと思います。やる前とやった後に変化がなければ、それは良いプロジェクトだったとは言えないと思うんですよ。なので、事後に変化が生まれるか、という点も意識しています。

――成清さんはその活動初期から、作品制作とワークショップなどのプロジェクトの企画・実施といった活動をほぼ同時並行で行ってこられたのですよね。初めはご自身の作品制作という軸があったのだと思われますが、そもそも、一般の方を巻き込んだプロジェクトも始めようと考えたきっかけは何だったのでしょう。

「閉じている」という状況ですよね。以前は、美術の世界は閉じているように感じていて、それがつらかったんですよね。必ずしも内にこもりたいわけではなく、外に出ていきたいという気持ちもありつつ、いつものメンツが内輪で集まってという状況が嫌で、それをどうしたら広げていけるかなと考えた時に、自分が作った作品を、美術にあまり関係のない所に持って行ったって関心を持ってもらって何かしらの広がりを得ることは難しいと思っていて。人と関わるきっかけとして、それこそ「ウケる」やり方を考えた時に、ワークショップか、と。誰も客が来ない展覧会は成立しますけど、人が来ないワークショップってできないじゃないですか。なので、「人と関わりたい」というモチベーションがあれば、それが達成できる方法だなということでやり始めたのだと思います。だから、両極端なところから攻めていっていたのだろうなと思いますね。多面的な要素があるのが人間だという自覚があるからこそ、自分のもつ二面性のようなかたちで制作とワークショップとがあるように考えています。

あとは、何の実績もないのに人を集めるという状況になった時に、自分や自分の作品に魅力があれば、それだけで人はやってくるという方向性があると思うのですが、そうではないが人と関わりを作りたいと考えた場合、その人たちの求めているものにこちらが向かっていくという方向性もあると思います。その方向があれば、入り口や道筋が作れるだろうと。その考えは間違っていなかったと思います。「おやこ・de・アート」などの作品展を企画しようと思ったのは、アーティストだからこその部分というのを示すことが何かの変化に有意義だと考えたからです。要は、美術の専門性ですね、それをきちんと示そうと思ったわけです。

とあるアーティストで、パブリックな空間における大掛かりなプロジェクトをする方がいらっしゃいますが、その方が仰っていたことで、プロジェクトをやるとなれば様々な手筈を取る必要があると。当然パブリックなものに関与するわけですし、場所や物のこともあるし予算のこともあるし、許可を取るということの大変さとかもある。ノウハウがなければ大きいことは実現できないと。その言葉を思い返してしばらく考えて、確かにそうだと思いました。もちろん作品制作に注力して時間を使ってきたのであれば、色んな展覧会などに呼ばれてその後発展して、という未来があったのかもしれないですが、どうもそこにリアリティが持てなかった。自発的な何かをやりたい、全てに自分が直接関わっているものでなければ嘘になってしまうというような、変に純粋な考え方がありました。そこで、やりたいことがわからないのであれば、まずはそのノウハウを自分で身に付けるということをしようと思ったんです。明確にやりたいことがあるわけではなかったので、それまでの自分自身の興味関心、人と関わるということに対するモチベーションや考え方などを結び付けたプロジェクトをしてきて。それらは必ずしも100%自分がやりたいことではないかもしれないけれども、何のためにやるのかと言えば、自分のできることを増やすためということですね。助成金の取得の仕方とか、企画書などの書類の書き方とか企画内容の説明の仕方とか…経験値が増えなければ見えてこない部分もあります。自分のできることを増やすためでもありますが、その取り組みの過程で自分のやりたいことや新しい表現というものを探求するためにも、色々なプロジェクトなり企画なりを自分で起こす、ということをやってきましたね。今なら、やり始めた当初に比べて、こういった活動を続けていきたいと考えた時に、誰と誰を当たればこうなるな、とか、こういう場所が使えるな、とか、もしお金が足りなければここで助成を出してもらえればできるな、とか、現実的な部分の経験値も増えてきたことは自分にとって大きなプラスになりましたね。

一見、定点だけ見ていると自分でも一体何をやっているのかわからなかったのですが、今、山の中腹くらいにいるとして、高い位置からどういう道を辿ってきたのか見てみると、何となく今の場所に向かっていたのだなということはわかるので、今後も、今やっていることがわからなくてももう少し先に行けば理解できるということがあるかもしれないですね。今現在は、アートとの関係性の濃度だったり取り組み方に少しの変化がある程度なので、興味関心の重みが作品制作に向かったとしても、全体的な関係性が断ち切れるわけではないと思うんですね。嘘偽りなく、今関わりのある場所や地域の文化振興にも興味があるので、そういったことは引き続きやっていきたいです。



――先ほど「環境に対してどのようにアーティストが反応するか」といった作品制作の考え方についてお話いただきました。成清さんはこれまでのご自身の制作スタイルについてどのようにお考えでしょうか。


自分の興味関心や軸となる考え方というのは、特に昔から変わっているわけではないと思うんですよ。そういったことに関しては、信念というほどありがたいものではないですが、ぶれない軸として自分の中にあります。「スタイル」というのは良い言葉で、あくまで「スタイル」なので、時代とか環境とかによって変わっていくものなのかなと思っています。変えない・変わらないものもあれば、その時代とか状況、環境ありきで物事を考えているので、積極的な変化もしていかなければ、自分の考えているアートにはならない。ただ絵を描いているからアートだとは自分の中では思っていないので、環境によって変化していくことにも自覚的でいるというのがアーティストとして必要なことだと思っています。今の変化は、ポジティブに捉えています。

あとは、〈アーティスト〉と、〈アート〉、〈アートプロジェクト〉の関係性についてなのですが、自分がアートとかアートプロジェクトとどういう風に、どれくらいの割合や重みで関わるのかというのを考えていたんですね。プロジェクトの「企画者」という立場でいた時にどうしてリアリティを持ちづらかったかというと、自分がそのプロジェクトに関わる重みが見えづらいというのがあった。「自分のプロジェクト」とするのであればもっとプロジェクトに濃く関わることをしなくてはならないと。例えば「自分で描く」ということをプロジェクトの主軸とするのであれば、描き手がいなければそのプロジェクトは成立しないので、関係性の濃さというのは担保されるし、自分のやりたいこともできると。自分がこうだと思うプロジェクトへの関わり方、立ち位置を整理したことが、現在のスタイルにつながっていったのだと思います。「人と関わること」と「手をつないで物事を作ること」の先にある、「旗振り役」「先導する役」であることにも、今のスタイルならば向かっていけるのではないかと考えています。

それと、物事自体は一つだと思うのですが、作品制作となると、否応なしに作家のフィルターがかかってくると思うんです、どんなにミニマルなものを作ったとしても。それがなくて、誰の作品かわからない作品というのはつまらないと思います。以前、国分寺でポートレートを撮影するプロジェクトに取り組みました。それって、何となく今の自分の方向性に沿ってはいるのですが、自分のプロジェクトにはまだなりえてないという感覚があったんですよね。それはおそらく、それが「写真」だからだったのかなと。写真って、言ってしまえば誰でも撮れるので、写真の良し悪しすらも意識しない人からしたら、単なるポートレートとしか思わないですし、自分が写真家ほどの人であれば「その人の写真」というようなものが込められると思うのですが、「何だか違う」と。それで、改めて自身の専門性やや特技は何なのかと考えていた時に、絵が描けるということに気がついたんです。アートのフィールドにいると絵が描けるということ自体珍しいことではないので、当たり前のことだと思っていたんですが、もう少し広い視野で捉えると、案外そうでもないぞと。加えて、やはり自分のフィルターが入ることでオリジナリティが出るわけですし、作家が何に興味を持ってどのように描いているのかが面白い部分なのかなと。それが手描きであったりセル画であったりすれば、デジタルとは違って、線の震えだったりとかが如実に表れてくるわけですから。ぶれを見せることによって興味関心を引き出すというようなことは、現代アートをアートたらしめてきた技法の戦略・方法でもあるわけですよね。写真だったら通り過ぎてしまうようなことを示すこともフックになるでしょう。考え方と、出てきたものから受けるものと、常に行き来している。今回の展示作品のスタイルに関してもそう思います。

これまでやってきたことから通じてくる自分の考え方を継続させて発展させていくということが重要だと思います。今回のセル画という方法も、方法として自分の中でもう少しかみ砕いていけるようにして、作品と、自分とを知ってもらうということも含めてすべて同時並行でやっていかなければならないですね。さらに、もとから持っていた、もしくは新たに生まれた興味というのがそこに勝手に結びついていくと思うので、また新しい発展がこれからあると思います。なので、その発展の先がどのようなものかによっては、今回のセル画も単なる通過点である可能性もある。スタイルは変わるけれども、自分の根底にあるものは変わらない。引き続きそれを探り続けていくというのが自分の今後ですかね。

――最後に、今後の活動や、展望について考えていらっしゃること教えてください。

今現在、新しい展示の予定はないですが、これまでに作ってきたつながりというのはこの辺りの地域のつながりなので、そこからプロジェクトを広げていければと思っています。今回の展示作品のひとつに、すぐそばで働くたましんの職員さんを描いたものがあります。描いた理由は、まず一番身近な人々に興味を持ってもらいたいと考えたからです。このスペースでの展示、つまり近くて遠いアートとの距離を縮める方法として提案しました。アートは万人にとって身近なものではないかもしれませんが、何かのきっかけで一度興味を持ってもらえれば、好きになるということにも繋がっていくと思うんです。今後も、様々な取り組みを通じて、少しずつ社会とアートの関係性に変化を生み出していくことができればいいなと思っています。やる前と後に変化があるべきだというプロジェクトの意義について先ほど話しましたが、それは自分にとってもそうあるべきだと思うので、プロジェクトを行うことで得られた発見や経験、そしてつながりを活かした具体的な発展のかたちを探っていきたいと思っています。



 

成清さんのお話からは、周囲の環境や制度との関係をその都度検証しつつ、制作者・表現者としての使命が何であるか常に確認しながら活動してこられたことがわかります。彼が模索し実行する表現には、環境への応答、ご自身の中で継続されている興味関心、真にリアリティを感じている対象や方法の選択など、複数の要素とそのバランスを意識した取り組みがありました。そしてそれは、ご自身の根底にあるものを大切にしながら発展を続けたいという意欲的な姿勢によって、これからさらに強度を増していくことでしょう。

 

PORTRAIT STUDIES HOKUTO NARIKIYO

会期|2022年12月19日(月)〜2023年2月3日(金)

利用可能時間|午前7時〜午後10時

入場料|無料

会場|地域貢献スペース(多摩信用金庫本店本部棟2階北側通路のギャラリースペースです)

〒190-8681 東京都立川市緑町3-4 多摩信用金庫本店2階

お問い合わせ|042-526-7788(たましん美術館)



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