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冬に実る 島田優里インタビュー(地域貢献スペース/立川)

多摩信用金庫本店2階ギャラリー(地域貢献スペース)では、島田優里(しまだゆり、1992- )による個展「冬に実る」を2024年3月15日(金)まで開催しています。

出品作家の島田さんから、ご自身の生活と制作の関係性や制作に対しての想いをうかがいました。


(聞き手・文:たましん美術館学芸員 佐藤)




――展示を企画した経緯を教えてください。


元々、ここのスペースの存在自体は知っていまして、よく展示を見にきていたんです。ある時、企画の公募があることを知り、自分もチャレンジできると気づいて企画の応募をしました。

そもそもの自身の活動のテーマとして、旅先と日常を横断しながら制作するということがあるので、基本的には国内の旅行を頻繁にしていたのですが、新型コロナウイルス感染症が流行してからは難しかったです。ですが、企画の応募をしたタイミングではちょうど感染症に関わる規制も緩和され始めていて、また、子供を授かる前だったため、私も旅を再開し始めまして、 旅と日常で描いたものを成果として展示するという目標を立てたんです。そんな中、出産などで自分の日常が大きく変化し、当初の目標とは少し違った内容にならざるを得なくなりました。ただ、当初からの「冬に実る」という展覧会タイトルはあえて変更しないことにしました。一般的には「実りの季節」とは秋を指すことが多いと思います。ですが私にとっては、そこから一歩遅れて冬に何かが実るという感覚が強い気がしていて。これまでの「旅をしてから制作をする」スタイルにおいても、「日常を振り返って制作する」スタイルにおいても、その制作過程での「自分の置かれている状況を理解する」という行為に少し時間がかかるというか、作品制作における自分のテンポやペースがゆっくりであることもあり、秋ではなく「冬に実る」という言葉はぴったりなのではと思いました。冬って、寒いのもありますし、年の瀬を迎えるというのもあって、他の季節よりも家にいる時間が長いのではないかなと思うんですね。それまでの時間を振り返る時間を長く持つ季節とも言えると思います。自分の制作にも、過ごしてきた時間を振り返ることを繰り返す過程が不可欠なので、「ゆっくりと日常を振り返る」という意味でも、冬という言葉は合っているかなと。


――制作のスタイルについて触れていただきましたが、ぜひ詳しく教えていただければと思います。また、主に旅先や戸外の景色をモチーフとした風景画を手がけることが多い島田さんですが、今回は室内と、室内から眺めた風景が中心だということで、モチーフの変化についてもお聞きしたいです。


元々は、基本的には旅先での風景を元に絵を制作していましたが、あくまで「ここではないどこか」というものを描く方向に向かっていっていました。それをしないと、自分の置かれている状況が分からないというか。自分を捉え直すということを「ここではないどこか」の風景を描くことで行っていたんですね。ですが、暮らしが大きく変化したことで、自分を客観視するということを日常にいながらやるようになって。絵のモチーフとなるものたちと一緒に自分の時間を過ごす中で、それらと一緒に季節の変化を感じるというか。今はそういう時期なのかなと捉えていて、そのうちきっとまた「旅に出よう」「遠くからものを見たい」と思う時期もやってくるはずだとは思うのですが。今回の展示には、今現在ならではの自分の表現を詰め込みたいと思ったので、「今の自分と対象がつながりあっている」という状況を描こう、その状況を噛み締めようと思って制作をしましたね。


――使用する画材や描く方法、構図についてはいかがでしょうか。今回の展示作品はキャンバスだけでなく和紙を使用していたり、油彩以外での表現も含まれています。また「線や色彩を何度も重ねる」ということは島田さんの表現においてはかなり特徴的なものだと思います。


そうですね、画材については、色を重ねやすいものを選ぶ傾向がありますね、そして、今回は会場が横長だということもあって、絵の画角、構成は横位置にしようと考えました。横に長い絵と言うと、伝統的な絵巻などのように、少しストーリー性が生まれやすいかな?と考えました。また、壁面からあまり遠ざかることができないというこの場所の特性は、壁面の作品が一度に目に入りにくいことにつながっていると思います。それによって、鑑賞者の方は一つ一つの作品をゆっくり見られると思いました。横位置にしたのは、会場を進みながらゆっくりと少しずつ作品を見てもらいたいのもありますね。また、和紙を選択したのは、描きやすさの点もあります。自分の都合と言ってしまうとちょっと味気ないのですが…。これまでも戸外で制作をする時は和紙を使っていました。制作中に風に吹かれた時や持ち帰る時に折れたり、破れたりしにくいというところが利点でした。一方、今回の展示作品については「子供を見ながら描きたい」というのが大きかったんですね。寝ている部屋にパッと広げて、起きたらパッと片付けられる、フットワーク軽く制作ができる画材として和紙が重宝しました。自分にとっての制作のハードルを少し下げたいなと思っていたのもあります。また、油絵具だと産後すぐの体と生まれたての子供には有害だというのもありまして…。匂いがしにくく汚れにくい画材を使うことは、ストレスなく、無理なく制作に取り組むために大切なことでした。


――暮らしの変化に沿って制作の上でも変化が起こるということは当たり前のようでもありますが、暮らしそのものと制作が地続きであることを照らし出すことでもあると思います。


そう考えると、自分の制作が自分の暮らしと本当に密接に繋がっているんだなと再確認しますね。今回、キャンバスに油彩の作品も数点出しましたが、キャンバスと和紙の作品ではどういった描画をしたいのかという点でももちろん分けて取り組みました。和紙の作品では、紙の地の風合いを生かした描写がしたいということで、紙の地を所々残すような表現に取り組んでいます。和紙は、色が濁っていってしまうこともあり色を多く重ねた表現には向かない素材なので、もっと色を塗り重ねたいと思った時は、やはり伝統的な西洋画の支持体を使用するようにしましたね。

油彩の作品は、数ヶ月ほど時間を取って継続的に制作をしていました。何ヶ月も同じ作品に取り組んでいる中で変化していく季節、時間、色の変化を重ねていきたいと思い、制作していました。なので、自分の中での支持体の位置付けというものは大きく違いがありました。


――島田さんは制作において、時間を置くこと、繰り返し向き合うことなどに重要性を見出しているという印象がありますが、具体的にはどのように制作を進めていらっしゃるのでしょうか。


そうですね、今回出している作品はどれも一ヶ月以上はかけて制作しています。長いもので、半年くらいかかっていますね。《Where I'm Calling From -Mountain-》以外は出産後に描いたもので、日常の中での少ないタイミングを使って描きました。「よし、今描けるな」と思ったらすぐにアトリエに行き、その日のその時間の日差しの中で描く。あまり、写真で撮ってあとから描くということはせず、その時の状況で描いているという感じですね。


――一つの画面に、様々な時間が断片的に含まれているというか。それぞれのタイミング、状況を受け入れて制作をしているんですね。


そうですね。そういう意味では、一つの絵にはやはりレイヤーが複数できていますね。《はじめてみる夢》は、一番下には全然違う線がありますね。また、紙の裏には別の絵があります。筆の線がうっすら見えると思うのですが、これは裏側の絵の線の滲みなんです。この滲みを見ていた時に、ふと幼児の肌の質感に近いものを感じて、この上に娘の絵を描いてみようと思いました。なので、下図の線がまずあって、その上には、産後すぐに描いていたドローイングの線を元に大きく引き伸ばした線があって。そして、上に載っている色は、娘の様子を見ながら色を載せていったものです。そこにいる娘を見て描いているようで、実は画面の下層にあるドローイングの線を見ながら描いているなんて時もありました。思いを層にしていくためにはどのように描いていこうか、というのを考えて制作していますね。


――レイヤー構造を意識させるという点も、島田さんの作品の大きな特徴の一つだと思うのですが、その表現をするに至ったきっかけなどはあるのでしょうか。また、そういった絵作りについても詳しく教えてください。


そうですね、そのことによって起こる「一見何を描いているのかわからない」画面は、絵の魅力の一つだと思っていて。《ニュータウン》も、木々などの重なりを描いた《里山を臨む》も、《ここではない どこかから ここへ》もそうですが、その風景をパッと見た時に、手前と奥という構造がわからないことが多いのかなと思っていて、そういう感覚の中を楽しみながら自分も描いていて。見る人にも、何がここに描いてあり、何を意味するのかということよりも純粋に色を楽しんでもらえたら面白いのかなと。私の絵は時々具象的になったり、抽象的になったり、抽象度の揺らぎは大きいと思います。どちらの表現に寄った場合であっても、無理に理解しようとせずに、見る人の好きに見てもらえたらいいなと思っていて。描いている私自身も、分からずに描き始めている部分もありますし。「何が描かれているのかが分からないまま終わる」ということは絵にしかできないことなのではないかなと思っているんです。

世の中って、結構雑多なのではないか?という印象を持っていて。例えばこのニュータウンの絵も、もし私が見たのが有名な建築家が建てた素晴らしい家並みなどならば、このように複雑に描かなかったかもしれません。ニュータウンの風景は、最初見た時には素晴らしい眺望だとは思いませんでしたが、ずっと観察しているうちに、一軒一軒の家として見るとあまり面白くなくても、家並みとして見るとみんな同じように光を浴びたり、影で影響し合ったりしていることに気づいたんです。それは、木々の入り組んだ風景を見る時の面白さと共通する部分なのではないかと思いました。

理解しきれないという状況や雑多であるという状況が、絵であれば調和して見えるだとか、存在が許されるというような部分を表現したいなと思っていて。なので、あえて様々な要素を層にして重ねていって、目の前の景色そのものとはちょっと異なる光景にしているのだと自分では思っています。


――島田さんにとって絵画とはどのような存在か、というお話にもつながりますね。


そうですね…、個人的には、絵画はエッセイのように捉えています。絵画制作って、教会に行くような感覚に近いのかなと思います。一人で内省する時間にもなるし、自身がどのような状態にあるのかを静かに見つめる時間になっていますね。展覧会を開く時は、これまでに知り合った様々な友人知人たちに来てもらうのですが、「今の私はこんな感じです」というのが伝わっているんだろうなと思います。もちろんそれだけではなく、鑑賞者の方がご自身の思いなどを重ねて見てくださる場合もあると思いますが、それは、少し顔を合わせて会話することなどよりもずっと深い対話になるのではと考えています。(絵画は)コミュニケーションでもありますね。

制作について言えば、毎日、一日一日がほぼ家事で終わってしまうんですね。今って家事の時間を短縮する方法はいくつもあって、その方法を使えば制作の時間はもっと作れるはずだと思うのですが、子供と向き合う時間も大切にしたかったので、それはしたくなかったんです。むしろ、日々の小さな隙間の10分ずつを制作に充てたりだとか。一週間に2、3日、いや、1日しか制作のタイミングを作れなかった時もあったし、手帳に少し描くとか、それしかできない頃もありました。でも、そうして、細くても長く制作できた方が、“作品づくり”ができると思いました。むしろその方がゆっくりと物事を考えることができるんです。育児する自分とか、仕事する自分とか、制作する自分とか、いくつかの自分がいると思うんですが、みんなで支え合っているんですよね。だから、そのうちのどれかだけになってしまうと、制作する自分はだめになってしまうから、あくまでバランスを取りながらなのですが。


――今後の制作活動について教えてください。


まさに今回の展示で、妊娠前に決まっていた展示は一区切りしたことになります。家族としても次の年度からは、新しいステージに進むことになり、まだ正直自分でもこれからのことはよく見えていないのですが、今後も「細く長く」をモットーに、「これじゃないと絵が描けない」「これじゃないと展示ができない」ということはなるべく思わないようにして、どんな小さな絵でも、どんな小さな展示でもやっていきたいと考えています。



 

会期|2024年2月5日(月)〜3月15日(金)

利用可能時間|午前8時〜午後9時

入場料|無料

会場|地域貢献スペース(多摩信用金庫本店本部棟2階北側

   通路のギャラリースペースです)

         〒190-8681 東京都立川市緑町3-4 多摩信用金庫本店2階

お問い合わせ|042-526-7788(たましん美術館)






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