多摩信用金庫本店2階ギャラリー(地域貢献スペース)では、河野志保による個展「揺れる恒常性:情報過多の中の自己」を2024年8月23日(金)まで開催しています。
出品作家の河野さんに、作品制作のプロセスについて、また、制作の中ではたらく意識についてお聞きしました。
(聞き手・文:たましん美術館学芸員 佐藤)
――このギャラリーで展示をしようと思い至った経緯などを教えてください。
アルバイト先で、展示ができる場所があると教えてもらったことがこのスペースを知ったきっかけでした。
大学に進学してから9年ほど立川に暮らしているということと、地域にまつわる作品を制作しているということから、自分でもこの会場で作品展示ができないかなと思いました。
展示を考えるにあたり、初めは、横長の会場であることを活かして、できるだけ軽くて横長の形状の、巻物的な作品を制作して展示しようかなというのも考えていたのですが、「立川市」を軸にして、立川で見たモチーフ、風景など、写真で撮ったものを描いた絵を中心に出品することにしました。私の作品には、基本的には、住んでいる場所やその周辺で撮った写真、それを用いたコラージュが含まれています。
また、公共の施設と繋がっているので、モチーフがわかりやすい作品の方がいいかなと思い、そこも出品する作品選びの決め手になりました。
――会場の特徴について触れていただきました。横長のスペースであることも含めて一般的なギャラリーとは大きく異なる環境だと思います。どのように感じましたか。
壁面は木材の明るい色が印象的なので、この壁に馴染む作品を展示したいとも考えていました。実際、今見てみると、全ての作品がかなり馴染んでいるなと思っています。こういった明るい色の壁面はとても珍しいと思います。ホワイトキューブとは違って温かみがあって、こんなに自分の作品が合う壁があったんだ、と感動しています。
自然光で作品を見ること、夜間も開いていることも、一日のうちに作品の印象を変化させる要因となっていて、そこも面白いと思っています。
――作品について教えてください。まずこのキャンバスの作品《障害年金資料と立川マック南口店の苦しみ部屋》ですが、画像が転写されているだけでなく、毛髪など、色々なものが貼り付けられている複雑な画面です。
立川駅南口のマクドナルドで行ったドローイングの上から色々な要素を重ねています。制作していた時期に、ちょうど年金関連の資料の締め切りに追われていたのですが、その資料の画像だったり、自分の精神疾患について調べるのにネットで見ていた脳の仕組みの画像だったりします。マクドナルドの3階の窓から見た多摩モノレールも描いています。アメリカの抽象表現主義の画家がするような絵の具の付け方とか、ダダイズムの作品とかを参考にしています。
――具体的にはどのような方法で制作しているんでしょうか。
そもそも、一年ほど前に立川駅南口のマクドナルドでクロッキーした絵が残っていたんですね。iPadで描いたものです。そのクロッキー自体はそれで一旦完結していたのですが、そこに後から画像をコラージュして制作しています。その工程も全てデジタルで行っています。
――「立川駅南口のマクドナルドでのドローイング」と「年金資料の画像」を組み合わせるといった工程の間には、時間の開きが結構あるということなんですね。
私、基本的に執着がすごいんですよね。4、5年前に制作した作品とか、一旦完成したとしてもなんだか納得がいかない、ということが多くて。そういった作品を見ながら、「ここが足りないな」と思ったら絵具を付け足したり画像を追加でコラージュしたりすることもあります。
《障害年金資料と立川マック南口店の苦しみ部屋》は、具体的には2022年12月13日に、一番下の層の絵が完成しました。とりあえず完成した、ということでそのまま放っておいていたんですね。ですが、またそこに、年金資料の画像だとかさまざまな画像を重ねていってイメージを作っていきました。そして、メディウム転写という技法で、デジタルで作った絵をキャンバスの上に転写しています。
――画面上で物理的に画像を組み合わせていくというのももちろんですが、それと同時に、記憶とか、目に見えないものもキャンバス上でつなぎ合わせていく、という意識を感じました。
実際、自分たちは物質と記憶の両方を持って生きてるわけじゃないですか。両者の境界線をあまり作らないように、ということを意識して制作していますね。そうすることが自分のからだにとっても楽なんです。
――自分のからだのリズムとともに作品が展開しているような感覚というか…。
そうですね、そういうことが、作品に出ているのはいいなと。自分が焦っている時には、作品に「焦っている」ことが出ていた方がいいのかなと思っています。今回の展示は急いで制作した“急激な”作品と、細々と制作した作品があります。
執着という面では、とてもよく描き込んだなと思っている絵がありまして。この《花雲意志薄弱》という作品ですね。冬の時期、家に籠っていた時の絵です。どうしても細かく描写したくなったんです。その時は、全てを描き込みたいという欲求がありました。iPadでとても細密に描いたものを、蜜蝋転写という技法を使って転写したり、プリントアウトして、その紙をそのまま貼り付けたりして制作しています。支持体は、大学のごみ集積所に捨てられていたキャンバスを拾ってきて使用しています。画面上に、イメージを転写した部分と、直接描き込んでいる部分がありますが、それによって、画面上で「何年保たれるかわからない部分」と「これから何年先も保たれるであろう部分」とを分けています。
――描画材というか、イメージが剥落しやすい部分と、そうではない部分を区別して描いているんですか。
そういうことですね。剥離というのも面白いなと思っているんです。この作品で言うと、キャンバスにのせたものが剥離して、ごみ集積所にあった頃のキャンバスの絵がのぞく、というのが面白いのではないかと思いまして。「水性下地に油絵具」というような剥離しやすい状態を、元々あった(捨てられていた時点でキャンバスに描かれていた)絵の上に作っておいて、そこにイメージをのせていくというやり方を部分的に行っています。何年かしたらおそらくその部分が剥離して、ごみ集積所にあった頃のキャンバスに描かれていた元の絵とそれ以外の部分が同居した状況が出てくるのではないかと。自分の精神的に矛盾した部分とか、何年も残ってほしいけれどボロボロにもなってほしいという矛盾した希望とかを込めています。
コラージュという、全く関係のない要素同士を組み合わせて絵にしていく考え方は自分に合っていると思っていますね。
――作品によって密度の違いを持たせることや、執拗なほどに画像や描画材を重ねることもあればまた逆に剥がすこともあるというのが面白いです。
モチーフについても気になります。この作品では、メインとなるのは花でしょうか。
この作品に関しては、知り合いの方に「花とかきれいなものを描いた方がいいよ」と助言を受けたことがきっかけで花をモチーフとしました。最初はモチーフとして花のどこがいいのか分からなくて。とりあえず描いてみましたが、「きれいなもの」に対する劣等感のようなものを感じたりして。それを感じつつも、作品作りの方向性としては「描写への執着」が強く出てきて。ブリューゲルの《バベルの塔》のような描き込みを目指したい気持ちが出てきたんです。
――テーブルの上にある花瓶の花のようにも見えるし、テーブルと思しき黒い領域のすぐ後ろから空のような部分が広がっていて、花瓶ではなく建造物がある風景にも見えてきます。
モチーフを選ぶポイントはありますか。
2つあって、まずは、癇に障るもの、悪印象をもつもの、嫌だなあと感じるものを選ぶ傾向にあります。制作することでそれらをどうにか消化したいと思うからですね。もう1つは、ネットで流れてくるイメージ、いろんなコンテンツの中で流されるきれいな風景や物ですね。これは、自分の好きなものに該当します。矛盾してますね(笑)。
――様々な技法を混用して制作するというのが河野さんの作品の特徴の一つと言えると思いますが、そういった作品を制作することになるきっかけなどはありましたか。
初めは、テンペラなどの古典技法を使って描いてみたいという気持ちがありました。大学の授業で、油絵具とテンペラを使って描くということもやって面白いなと思いつつ、フレスコとか、モザイクなどの質感を持つ絵を作れないかなという思いが出てきました。テンペラの質感、油絵の質感、蝋の質感、それと、プラスチックの質感とか…目指したい質感の絵画というものがあれこれ出てきて、それが混合技法に取り組むきっかけになったかなと思います。
――河野さんの作品からは確かに様々な質感が見て取れます。ところどころ、透けていたり、ひび割れていたり、でこぼことしていたり、それらが同居しています。
こちらの丸い作品《多摩ひまわりせんこう花火君》についても教えてください。
これは椅子の座る部分ですね。これも大学のごみ集積所で見つけて「いいな」と思い持ち帰ってきました。初めは、(展示の時期が)夏だし、線香花火をモチーフにしてみようかなと考えていました。ですが下地を塗っていざ描こうと思った時に、花火ではなくひまわりを描きたいなという気持ちが出てきたので、結果的にひまわりの絵になりました。ひまわりを、ということでゴッホの絵画の絵具の盛り方を意識して、ジェッソを盛って下地を作るところから始まっています。下地は、ぼこぼことさせると面白いんです。
――河野さんの作品は厚みのある作品が多いと思うのですが、支持体を盛るということにはどのような意識がはたらいているのかが気になります。
下地を盛ると、抑え込んでるものの発散になるんですよね。あとは自分の体に合っている、というのもあります。自分にとって、自由になれること・自由にできることでもあって、ほぼ無意識にやっていることでもありますね。下地を盛ることで半立体になるように画面を作っていくと、これから絵がどのようになっていくか楽しみな気持ちも出てくるんです。
――下地を塗るという「自由になれる」「自由に手を動かせる」段階を踏まえて制作することが重要そうですね。
自由にできることはいいのですが、一方で、そこにできたものにはあまり自信がなくて。下地を塗った後にイメージを転写するという工程が来ますが、そこには、その自信のなさを別の要素で覆い隠すというような意識がはたらいているように思います。
――盛るという行為は自分の体に合っている一方で、自分が隠したい部分でもあるということなんでしょうか。
そうですね。それに、描写をちゃんとやりたいなら下地はフラットに塗らないとやりにくいと思うのですが…。どうしてもやってしまう、という工程ではありますね、自分の気の赴くままに描く、それと同時に、それを覆い隠したい、という気持ちもあって…。相反する気持ちの中で作品制作していますね。また、メディウム転写によって作られる半透明の質感というのも大切です。
――転写という手法を選ぶ理由としては今おっしゃった「覆い隠す」というものもあると思うのですが、絵作りの部分では、河野さんの中ではどのようにとらえていますか。
基本的には、メディウム転写による半透明の質感が大切で。半透明のイメージは使いやすいんです。
――支持体の大きさや形状などにはこだわりはありますか。今回は小さめの作品が多く、また、木枠に張らないキャンバスや拾ってきたキャンバス、丸い椅子の座面を使った作品もあります。
支持体の形などについては、大学の学部生時代にはあまりこだわりがありませんでした。描きたい絵の大きさにしたがって、大きさも形状も変化させていたというか、その時に描いている絵が大きくなりそうだったら支持体もその都度大きく広げていく、というふうに制作していました。
大学院時代に、四角形で、しっかり厚みのあるキャンバスなど、支持体の限定的な形を意識して絵を描くというのをやってみて、四角の形に対しての色とかモチーフの嵌め方がわかるようになってきて。また、そこで、厚みのある支持体が好ましいなと思ったんです。厚みがある方が物としての奥行きが出て、物質として成り立ちやすい感覚があります。丸だったり、変にずれた四角だったり…、物質としての存在感が出る支持体が面白いと思います。大きい作品で成り立つ表現なのか、小さい作品で成り立つ表現なのか、そういったことを、日々、描くことを通して、学んでいる感じがあります。
――これからはどのような制作をしていきたいですか。
一つは、油絵具を盛って、彫刻的なものを作り、そこにイメージを転写してみたいという思いがあります。また、自分の使っている布団やクッションなど、生活に密着している物体を支持体に、そこにイメージを転写してみたらどうだろうか、とか考えたりもしていますね。それと、これまではデジタルで作成した画像を転写して絵を作っていましたが、デジタルで作成した画像それ自体をモチーフとしてキャンバスに描くというのも面白そうだなと思っています。
インタビュー実施日:2024年8月1日
揺れる恒常性:情報過多の中の自己
会期|2024年7月15日(月)〜8月23日(金)
利用可能時間|午前8時〜午後9時
入場料|無料
会場|多摩信用金庫本店本部棟2階ギャラリー(地域貢献スペース)
〒190-8681 東京都立川市緑町3-4 多摩信用金庫本店2階
お問い合わせ|042-526-7788(たましん美術館)
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